「4歳になる女の子ですが、極度の恐怖症で何でもこわがるのです。小さな虫から乗り物にいたるまで、すべてがこわく、道路へも決して一人で出ようとしません。そのうえ注射などもいやがって絶対にさせませんし、歯も全部虫歯になっているにもかかわらず、歯医者さんにいけない始末です。来年の春には幼稚園ですのに、こんなことでは心配している次第です。どのようにしたら、このひどい恐怖心を取り去ってやることができるでしょうか。」
「こわい、危い」と子どもに干渉しすぎたのでは・・・・・・
何から何まで「こわがる」というお子さん。このままでは、これからの幼稚園生活や小学校の生活には適応できないという心配がありますね。
どうしたら恐怖心を取り除いてあげることができるでしょうか。その対策を立てるためには、どうして恐怖心が強くなったのか、その原因を考えてみなければなりません。
人間には、もともと「恐れ」の気持があります。それは、危険に対する本能と言ってもよく、脳の中に「恐れ」に中枢があることは、脳性理学によって明らかにされています。しかし、どのようなことに対して「恐れ」の気持をもつかは、経験によります。子どもは初めは、どのようなことや物が危険であるかを知りません。ですから、2歳の子どもは蛇をさわろうとします。それに対して大人たちが何も言わず、子どもが蛇をもったとします。そのときに蛇が、子どもをかみさえしなければ、子どもは蛇で遊ぶことができます。毒をもっていない蛇は人間に危害を加えない―ということで、「蛇と遊ぼう」という保育をしているいくつかの田舎の保育園があります。保母さんのほうが、蛇はこわい―という先入観があるのでなかなかなじめないそうですが、子どもたちには先入観がないから、蛇とも遊べるのです。
もし、蛇にさわろうとした子どもに対して、お母さんが「危ない!」などと大きな叫びをあげれば、子どもの心には恐怖感が走るでしょう。そして、蛇はこわいもの―という観念が刻み込まれてしまいます。ですから、子どもが怖がっているものについて、これまでの生活の中でお母さんやその他の家族の方がどのように教えたかを考えてみなければなりません。こわがる対象の範囲が広いということは、お母さん自身が恐怖心の強い人であることが多く、お母さんでなければ、家族や近所の人で子どもと接触する頻度の多い人の中にそのような人がいるはずです。そして、何かにつけて子どもに向かって「危い、危い」を連発したり、その人自身が「こわい」といった言葉を多く使っていると思います。
それと同時に、もう1つのことを考えてみなければなりません。それは、子どもに対してのびのびと遊ぶ機会を多く与えてきたかどうか―ということです。のびのびと遊ぶ機会を与える育て方というのは、あれこれと干渉をしない、あれこれと手を貸さない―という育て方です。子どものすることを見ていながらも、口を出さない、手を貸さないという育て方によって、子どもはのびのびと遊ぶことのできる状態になりますし、絶対に恐怖心の強い子どもにはならないものです。ところが、お母さんやその他の家族が口うるさく子どもに干渉して、大人の考える誤った「よい子」―例えば、そなおで、大人の言うことをよく聞き、行儀のよい子ども―のわく組みの中に子どもを押し込めてしまいますと、子どもは大人の影響を強く受け、その大人が恐怖心の強い人であると、子どもの年齢が低ければ低いほど、そっくりとその影響を受けてしまいます。そして、こわがりの強い子どもになってしまいます。
もう1つは、過保護です。子どもが自分で所要としているのに、あれこれと手をかしてしまう育て方をしていますと、子どもはだんだんに依存心が強くなり、家族から出ると不安が強く、いろいろなものを「こわがる」という形で、大人に依存したがります。この場合には、「恐怖心」が強いというよりも「依存心」が強いと考えたほうがよいでしょう。
これまでの養育態度の反省を
なお、医者を怖がる子どもがいますが、注射をされたり痛い目に合わされるので、それをいやがるのは当然ですが、病気はきちっと治療する必要がありますから、子どもがどんなにこわがっても、お母さんが忽然とした態度でのぞむこと、つまり、子どもが泣いても騒いでも受けるべき治療はきちっと受ける―というお母さんの養育態度を確立する必要があります。
このように考えていきますと、子どもの恐怖心をどのように取り除くか―という問題ではなく、お母さんをはじめとして家族の人たちがどのような態度で子どもに対処するかについて、これまでの子育てについて反省することが先決だと思われます。
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